梅干博覧会トップインタビュー

梅干会社のオーナーに「梅干産業」について語っていただきました。

中田肇氏

中田食品株式会社の概要や沿革について教えてください。
明治30年9月、和歌山県西牟婁郡下秋津村で、私の祖父の中田源次郎が米穀商、中田商店を創立し、中田食品の歴史がはじまりました。
はじめの頃は、米を中心にみかんや金柑、そして梅干を扱っていました。 今は、主に梅干、梅酒、梅加工食品の製造、販売をしています。

■主な取扱商品は、何ですか。
自社ブランドの「紀州梅ぼし田舎漬」です。

■全日本漬物協同組合会長としてもご活躍されているようですね。
この役を持ちかけられたときは、だいぶ戸惑ったんですよ。
梅干は、漬けた後に干してるので、漬物というイメージが非常に少ないようで、消費者が梅干を漬物と思っていないんですね。
でも、まぎれもなく、梅干は漬物なんですよ。その梅干を主に扱っている私が会長職を勤めるのは、ちょっとイメージが違うんじゃないかなあと思いましてねー。
考えた末、全国の漬物屋さん共々、協力して、漬物の普及向上に努めていかなければならないと思いまして、会長職を受けることにしたんです。
会長職というのは結構大変な事が多いのですが、本当にいろいろ勉強させてもらっています。

■南高梅はどうしてここまでのブランドになったのですか。
そうですね、やはり、何よりも品質がいいということだと思います。
つまり、南高梅という品種は、在来種に比べ豊凶の差が少ないんですね。
栽培技術も向上したことにより、安定収穫、安定供給が出来るようになったということ、それがここまでブランド化できた要因でしょう。
実は、南高梅は、苗さえあればどこでもできるんです。全国に南高梅を栽培している所はありますが、紀州産の南高梅の要望が強いんです。
また外国産の梅干に比べて7倍から10倍の値段がするのを、買っていただいている訳です。
だからといってブランドにあぐらをかかないように、生産者も、我々製造会社もしっかり作らんとだめだと思います。

■昔の梅産業と今の梅産業の大きな違いはなんでしょうか。
私の親父の頃は、12キロの樽詰めを船便で関東方面へ出していました。
9割が関東市場だったみたいです。この頃は、梅産業というより、夏から秋にかけた時期だけの、季節的農作業でした。

豊凶の差が激しいので、なかなか、商売としては成り立たなかったのでしょう。
当社でも、梅を漬けたあとの梅酢を使ってしょうがを漬けて販売をしていました。
現在のように、梅干会社が企業として存続できるようになったのは、昭和37年の台湾梅の輸入がはじまってからです。日本で不作の時は、台湾梅で補うという方法で、最大の悩みだった梅の安定収穫、安定供給を実現できるようになったんです。
また、この頃、大型スーパーができてきて、私共も樽売りからカップや袋へ包装を変えて、店頭に並べました。消費者に幅広く梅干が届くようになったのはちょうどその頃です。しかし、南高梅に関しては、スーパーで販売するには価格が高くて、思うように消費が伸びなかったんですね。

そこで、「通信販売」を思いついたんです。昭和48年でした。
その頃は通信販売の存在すらなかったので、本当大変でしたよ。まず、物流の問題が一番大きかったですね。今のように宅配という仕組みが整っていなかったので、それには頭を悩ませました。

紀伊田辺の駅まで毎日梅干を持っていくんですけど、今では考えられない事ばかりでしたよ。
どうしても、お客様の手元に届けられないので、指定場所まで取りに来てもらうようお願いしたことも度々でした。(笑)今では考えられないでしょ。
でもそんな感じだったんですよ。

でも、大変でしたけど、お蔭様であっという間に全国各地に広まりました。
産地直送型の通信販売が受けたんでしょうね。大成功だったと思います。

■今後、梅産業はどのように変わっていくでしょうか。
梅干を主流に、消費者のニーズに敏感に対応し、派生商品を工夫していきたいですね。景気が低迷し、競争が激化している今が、頑張り時だと思っています。
ここ5年が勝負でしょうね。

■地域における企業の役割をどのようにお考えですか。
和歌山県、特に紀南地方の基幹産業として経済効果はもちろん、農業の振興や雇用の創出など、重要な役割を担っていると思います。「南高梅」というブランドにおごらず、大事な地場産業として生産者の皆さんと協力しながら大切に守っていきたいですね。

■経営者として苦労することはどんなことですか。
企業としての安定をはかるため、いつの時代も、確実な原材料の確保には、一番、苦労します。

■信念はありますか。
「誠心誠意」という言葉は、弊社精神のひとつでもあり、大切にしていきたいですね。
真心を以ってお客様に接する、真心を以って全ての仕事に対処する、といったところでしょうか。

■起業家を目指す若者へメッセージをお願いします。
まじめに、地道に、一生懸命努力して下さい。この不況の中、これ以外に道はないと思います。

■夢は
「紀州の梅干し」が、地場産業として紀南の柱として確立されたことは大変喜ばしいことであり、今後益々発展されていくことが、ひとつの夢ですね。

【取材後記】
取材当日に初めてお会いしたのですが、本当に親切にお話いただけました。
とても謙虚にお話されておられましたが、何事にも果敢にチャレンジしてこられたということに間違いはないと思います。
これからも地域の発展のため、梅干産業発展のために活動されていかれる事でしょう。
最後に、インタビューにご協力いただいた、中田社長ならびに関係者の方々にはこの場をお借りして御礼申し上げます。

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